数学教材作成を楽にする工夫

目次

数学の教材(授業プリント)を書くにあたって、時間が取られがちな作業がいくつかある。高等学校数学科教員の立場から、それらに対する時間短縮の工夫を述べる。

  • 高校数学または中学数学の教材を書くことを念頭とした記事である。とくに、高校数学を例に紹介する(私が高等学校教員であるため)。
  • 著作権の学校における例外措置を前提としている。
    • 塾などでは同じようにできないところがある。その点には気を配られたい。

この記事は、教材を作るソフトウェアに依らない内容が多くを占める。ただし、ソフトウェアに関わる部分については LaTeX / typst を前提とする。LaTeX / typst についてはそれぞれの記事を参照されたい。

LaTeX / typst のどちらを選ぶかは好みが大きいが、私は次のように考えている。

背景

教員として働くにあって、教材を書くことは日常である。数学の教材を作るにあたっては、数式の表現や図・グラフの表現が欠かせない。これらを達するためのソフトウェアとしては、次のようなものが知られている。

  • Microsoft Word
  • 数研出版 Studyaid D.B.
  • Typst
  • LaTeX

このようなソフトウェアを用いて資料を書くにあっても、手間がかかることは否めない。しかし、業務に占めることのできる教材作りの時間は残念ながら僅かである。そこで、すこしでも少ない手間・短い時間で十分な質の資料を作る工夫が求められる。

解決

すでに存在する資料で足りるものがあればそのまま使う

学校教育においては、著作権の例外措置による利用が認められている。内容・表現ともに足りる資料がすでにあるのなら、あるいはわずかに付け加えれば十分な資料があるのなら、そのまま使うべきである。

ここで、自分で打ちなおすことはよろしくない。そのまま使うことには次の利点がある。

  • 時間を使わずに済む。
  • タイプミスが起きない。
  • 著作物の引用であることが明らかになる。

すべて手で済ませるのなら、次のようにすれば済む。

  1. コピーを取り、出典を書き加える。
  2. 補いたいことがあれば、余白に(引用と区別がつくように)書く。
  3. 次年度のために記録を残す。

コンピュータ上で管理したり、資料のタイトル(授業名や通し番号)を付けたりするのなら、次のようにすれば済む。

  1. スキャンする。画像ファイルか PDF ファイルにするのがよい。
  2. ファイル名に出典を残すか、同じフォルダに出典を残したテキストファイルを作る。
  3. LaTeX なら \includegraphics{...},typst なら #image(...) などで取り込み、引用の印(字下げや記号など)を付ける。
  4. 出典を加える。

WWW 上の記事、教員に配られる雑誌、書籍をはじめとしてこのように済ませられることは多い。とくに、書籍は生徒が育った後に興味を持って読んでくれるかもしれない。私の経験に次のようなものがある。高校2年生におけるベクトルの授業において、その抽象化に触れるにあたって理系のための線型代数の基礎(永田雅宜)を引用した。そのときの生徒が大学生になり、これを買って読んだと教えてくれた。このことは、ベクトルの抽象化に関する教材を自ら書いてしまっていれば起こらなかったことである。

私は、記録としての意味も含め、取り込んだものを引用と分かるように LaTeX / typst 上で貼りつけている。

内容の執筆中は極力体裁を考えない

中身を書いているとき、見映えのことを考えてはならない。まずは数学的内容を書きあげるべきである。

LaTeX / typst であれば、見映えはソフトウェアが面倒を見てくれる。Microsoft Word / Stucyaid D.B. であれば、位置を整えることなどは中身が出来た後にまとめて行うほうがよい。はじめに位置を気にしたところで、あとで無に帰すことはままある。書きあがってから眺めると、定義を加えねばならなかったり順序を入れ替えたほうがよく思えたりするものである。 とにかく、体裁はすべてが済んでから整えると心得たい。

LaTeX / typst であれば、満足のゆく体裁を一度作ってしまえばその後はたいへん楽になる。私はそれらを次のようにまとめている。

図を無理にソフトウェアで描かない

教材を作るときに時間がかかるものといえば図である。

著作権上差しつかえない図であれば、借りて取り込んでしまうのが何よりたやすい。図のみを借りてくるときは、とくに出典を載せ忘れないよう気を配りたい。私はこの手をよく使う。

使える図がないときは、慣れているソフトウェアで描いてしまうのがよい。Typst (CetZ) / LaTeX (TikZ / emath) の仕上がりは美しいが、手間は大きくなる。極端に言えば、図のみ手書きし、スキャン/撮影して貼りつけてもよい。

具体的な方法は次で述べた。

各種の作成・描画支援を用いる

WWW 上には、描画支援ソフトウェアがいくつもある。これらが役に立つこともあるだろう。

再利用しやすく保存する

作った・使った教材は、再利用しやすく保存することが欠かせない。数年に一度は同じ科目を持つことになる(担任として持ちあがればなおさら)。また、講義で使った資料を演習で再び配ることもある。


注意: この部分は古い内容(2023-08-13)である。現在は typst を主に使っているため、これらとは異なる。

自分なりに保存すればよい。ここでは、参考までに私の方法を示す。LaTeX で書くことを念頭にしている。

  • C:\texliveworkspace-YYYY というフォルダを置き、この中で教材を作る。YYYY には年度が入る。年度が変わると新たなフォルダを作り、@ つきフォルダなどは新年度のフォルダへ移す。
  • 次のようなフォルダを置いておく。
    • @Assistants: 加工のためのソフトウェアのショートカットを入れる。さらにデスクトップへショートカットを作っている。
    • @Drafts 作っておきたいと思ったメモを投げ込む。アイディアを書き留めるものは本来別にあるが、式やグラフなど残しにくいものに役立つ。
    • @Settings: 設定を試したファイルなどを残しておく。
    • これらのフォルダに @ をつけているのは、表示順を上にするためである。
  • 教材1つにつきにフォルダを1つ用意する。
    • 私は「科目名の略称」-「学期」「授業回数」-「簡易タイトル」とした。
    • たとえば 1-201-functiondfn で、「数学Ⅰ」「2セメスター(2つめの試験)」「第1回」「関数の定義」」を表す。
    • 科目名としては 1 A 2 B 3 C、E(exercise 演習関係、2字以上も可)、F(feature 特集記事ほか)を決めている。
    • 用いた図などはすべて同じフォルダに収める。使いまわせる図もあるが、一部だけ修正したくなることなどを考えるとコピーを置いておくほうがよい。
  • どこかで作った資料をほかの場面で配付したときは、ショートカットを置く。コピーしてしまうと、原稿を直したときに混乱する。
  • 試験期間が終わるなど、区切りがついたら Storage-1 といった科目ごとのフォルダへ収める。
    • 作業フォルダ(workspace-YYYY)が散らかることを防ぐ。
    • 頭文字が S なので、科目名よりも下に置かれる。
  • テンプレートを置く。私は資料・特集・グラフのプリアンブルを分けて用意している。
    • よく使う出典などを予め書いておくのもよい。私は、これについては別のノートアプリ(Joplin)を使っている。

職場内で交流する

ありがたいことに今の職場(2022年)には、お互いの教材を見せあい自分の授業に取り入れやすい雰囲気がある。 同じ科目を持っていればもちろん、そうでなくとも思いがけず役立つことはあるものである。 職場で教材を分かちあうことを勧めたい。 これだけで、自ら書くべき教材は減るはずである。

そのような雰囲気にないとしても、まずは自分から配ってみてはどうだろうか。 学びになる指摘がもらえることもしばしばである。

補足

図を描くためのソフトウェア

次のようなソフトウェアが描きやすいと感じている。 取り込みに向けて、画像ファイルか PDF で出力しておく。Typst は現時点 (2024-10-30) では PDF に対応していない(PDF しか持っていなければ、SVG などに変換せねばならない)。

  • GeoGebra
    • すぐに使える素材がよく見つかる。借りるとよい(出典を忘れないよう)。
  • 関数グラフソフト GRAPES
    • 定番である。これもすぐに使える素材を見かける。
  • Windows ペイント
    • 簡単な図であれば、これが早く済むこともしばしばである。
  • Microsoft PowerPoint
    • 意外なほど気楽に書ける。有償のソフトウェアであり将来性に不安もあるが、ひとまず画像に出力してしまえばその図は使い続けられる。
  • Studyaid D.B.
    • 図のみを描いて借りてくる点では優れてる。ただし、WWW 上で公開するにあたってのフォントライセンスは不明である。また、文書全体を書くには不便に感じている。

図を PDF 化・クリッピングする

LaTeX において、描いた図は PDF 化・クリッピングののち \includegraphics{...} で取りこむ。PDF 化・クリッピングには次のソフトウェアを使っている。

  • 画像ファイルを PDF ファイルに変換する
    • img2pdf
      • バッチファイルを作ることでドラッグアンドドロップするだけで同じフォルダに PDF が出力されるようにできる。バッチファイルを「送る」に覚えさせるとなお楽になる。
      • インストールにやや手間がかかる(Windows の方法はこちら)。
    • i2pdf
      • 本家の配布元が見つからない。フリーソフト100 / i2pdf からダウンロードできる。
      • 画像をドラッグアンドドロップすることで PDF にできる。
      • 本来は複数の画像ファイルをひとつの PDF にまとめるためのソフトのようだが、1枚で使うと今の目的に合う。
      • Options から使いやすく設定しておくとよい(画像ファイルと同じ場所に PDF ファイルを保存するようにしておくほうがよいだろう)。
  • PDF ファイルをクリッピングする
    • bcpdfcrop.bat
      • 余白を調べてクリッピングしてくれる優れたソフトウェアである。
      • TeX Live がインストールされている Windows であれば動く。
      • 右上の[Code]から[Download ZIP]を選んでダウンロードする。
    • BRISS
      • 範囲を決めてクリッピングできる。スキャン済みの書籍をクリップするときなどに役立つ。
      • ただし、急ぐときは PDF を表示してスクリーンショットを撮り、ペイントで切ったほうよいかもしれない。質を守りたいときに使うとよい。
      • 左上の[Download Latest Version]を選んでダウンロードする。
      • briss-0.9.exe は起動してからファイルを選ばねばならない。次の手順が楽である。
        1. あらかじめクリッピングしたい PDF ファイルのあるフォルダを開いておく。
        2. エクスプローラ上部のパス表示欄([PC > … (C:) > …] とあるところ)をクリックし、内容をコピーしておく。
        3. BRISS の[File]/[Load File]を選ぶ。
        4. ファイル名の欄に上のパスをペーストし、エンターキーを押す。
        5. クリッピングしたい PDF ファイルを選ぶ。

img2pdf のインストール方法 (Windows)

  1. 非公式 Python ダウンロードリンクから最も新しい Python をダウンロードする。非公式であることに不安があれば python.org からでもよい。
  2. ダウンロードしたファイルを実行する。
  3. [Add Python 3.x to PATH]をチェックする。もしチェックを忘れて進んでしまったら、キャンセルしてもう一度インストールしなおす。インストールを終えてしまっても、再びチェックを入れてインストールすれば差しつかえない。
  4. [Install now]をクリックしてインストールを始め、画面の指示に従ってインストールを終える。
  5. インストールの終了を確かめてから、[スタートボタン]/[Windows システム ツール]/[コマンド プロンプト]を実行する。
  6. python と入力してエンターキーを押す。
  7. Python が起動し、... for more information. などと表示される。
  8. インストール成功を確かめたら、コマンドプロンプトを終了する。
  9. スタートボタンを右クリックし、Windows PowerShell を起動する。
  10. Set-ExecutionPolicy RemoteSigned -Scope CurrentUser -Force と入力する。
  11. Windows PowerShell を終了する。
  12. Windows PowerShell の終了を確かめてから、[スタートボタン]/[Windows システム ツール]/[コマンド プロンプト]を実行する。
  13. pip install img2pdf と入力してエンターキーを押す。
  14. img2pdf のインストールが行われ、Successfully installed などと表示される。
  15. これでインストールは終わりである。ドラッグアンドドロップでファイルを変換するためには、バッチファイルを作ります

Python のインストールについては Windows 版 Python のインストールを引用した。

img2pdf のバッチファイル作成 (Windows)

  1. メモ帳を開く。
  2. img2pdf.exe -o "%~p1%~n1.pdf" %1 と入力する。
  3. img2pdfbatch.bat というファイル名で保存する。拡張子を .bat にすることが重要である。拡張子(ファイル名の最後の3(程度)文字)が表示されない場合は、Windows の設定を変えねばならない。歯車のようなアイコンになれば成功である。うまくいかなければ、保存するファイル名にダブルクォートをつけて "img2pdfbatch.bat" としてみるとよい。
  4. 適当な画像ファイルをドラッグアンドドロップすると、画像ファイルと同じフォルダに PDF が生成される。
  5. 「送る」に登録するとなお役立つ。

うまく作れなければ次を用いてもよい。

LaTeX での教材作成に有用なパッケージ

The Japanese Educational Preambles の LuaLaTeX 版で読み込まれるものはそちらで紹介する

参考

概要

すでに存在する資料で足りるものがあればそのまま使う

再利用しやすく保存する

図を描くためのソフトウェア

図を PDF 化・クリッピングする

img2pdf のインストール方法 (Windows)

改訂

  • 改訂: 2024-10-30
    • タイトルを変更した(「LaTeX での数学教材作成を楽にする工夫」から、抽象化するため)。
    • Typst に触れ、LaTeX に特有の事柄とそうでない事柄を分けるため、全体として改訂した。
  • 改訂: 2023-08-13
    • タイトルを変更した(「LaTeX (TeX) で教材を手軽に作る」から、内容を明らかにするため。)
    • 再利用しやすく保存する」を書きなおした。
  • 追記: 2022-07-27