「分かりやすさ」のもつ危うさを伝える資料

目次

数学の授業・参考書が「わかりやすい」ほうがよいのかは、私がつねに考えている大きな問題である。 それにかかわる素晴らしいツイート(技術書の後書き)を紹介する。 私はこの文章を、授業でもよく配っている。

背景

授業において、生徒にアンケートを取る・取らされることがある。 このとき、よく聞かれる言葉が「授業が・説明がわかりやすい」である。 生徒が「わかりやすい」と伝えるのは、皮肉からではない。 心からありがたみをもっているのである。 すなわち、子供たちの多くは、わかりやすい授業は質が高く、たくさんのことを体得することができたと思っているのである。

しかし、わかりやすいという印象を持たれることが、生徒にとっての数学における成長に直結しないことは、教員であればわかってもらえよう。 むしろ、授業をわかりやすかったと感じたということは、知性に対して成長に資するだけの負荷をかけることができなかったことに他ならない。 「難しかったが面白かった」という授業こそが目指したいところのものである。

ところが、気をつけねばならないことがある。 それは、多くの生徒にとって、よい授業とはすなわちわかりやすい授業を意味しているという事実である。 この点への働きかけなしに、負荷の高い授業を行っても、子供たちの心が離れてゆくだけだろう。 そうして、「わかりやすい」と謳われたもののもとへと去ってしまう。 自らの言葉で語ってもよいのだが、教員でないところからの似た考えに触れることは、印象付ける方法のひとつであろう。

解決

小川晃通氏のツイート

次のような素晴らしいツイートを見かけた。 この文章は「技術書のわかりやすさ」について述べたものである。 しかし、数学の授業・参考書のわかりやすさについても近い部分が多くあるだろう。

あなたが、「分かりやすい」授業・参考書・ウェブサイトこそが尊いものだと考えているのであれば、ぜひ一度読んでみてもらいたい。

技術書の「わかりやすさ」って、こういうことだと思う
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午後11:46 ・ 2021年11月18日

続き
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午後4:02 ・ 2021年11月19日

数学との対応(私見)

(著作権法の例外のもと)授業で配るべく、先のツイートを引用しながら数学を学ぶ態度に関するコラムを書いた。同じものをこのウェブサイトに載せることは(著作権法のために)叶わないが、私がつけた補足を次に示す。

  • 引用の前文
    • 授業や書籍の評価にはいろいろとありますが、あなたは「分かりやすさ」ばかりを尊んでいませんか。分かりやすいものはその学問に親しみを持たせてくれるという素晴らしい意義がありますから、悪いものとまでは思いません。しかし、それがあなたの理解を深めてくれるのかというと、そうではないのです。(柔らかいものばかりを食べていれば歯は衰えます。そうなると硬いものは味わえなくなるでしょう。学問の実りはたいへん美味ですが、それはたいていとても硬いのです。)分かりやすいものばかりをありがたがるのは、あなたの周りにイエスマンばかりを置くことと同じです。
      さて、とある技術書の後書きが素晴らしかったので、これを紹介します(傍注はすべて引用元にはなく、私が追加したものです)。分かりやすい授業・分かりやすい参考書がどういう側面を持っているのか、どうか頭の片隅に置いておいてください。
  • ……「理解できる本」ではないのです。
    • 「わかりやすく数学を説明する」目的のものは、書籍であれ授業であれ、本質的に同じです。
  • ……「わかりやすさ」を確保することが多いのです。
    • 授業であっても、教科書・参考書であっても、本来考えなければならないところを敢えて無視したり、曖昧な言いかたでごまかしていることはたくさんあります。そうしなければいつまでも話が進みませんし、まずは大枠を分かってもらいたいという教育的事情もあるでしょう。
  • ……疑問が次から次へと湧いてきてしまうのです。
    • そうした疑問は、遠慮なくこちらにぶつけてください。
  • 1から5の箇条書き
    • 数学であれば、「調べる」は「考える」に置き換えるとよいでしょう。
  • ……そんな囁きがいたるところに点在しています。
    • 完全に言い換えられるとは思いませんが、「細かい部分」とは仮定の必要性から各種の議論にまでわたる証明の深い理解だと思ってもよいでしょう。
  • ……ハマってみて初めてわかることもあるのです。
    • あなたが演習をするのはこのためです。間違えた問題を丁寧に検証しなければ、演習が意味を持たないことが分かるでしょう。逆に言えば、間違えたときこそ学びを深めるチャンスなのです。
  • ……まだまだ修行は続きそうです。
    • 私自身も、著者と同じです。授業の準備をしながら再度考え直すことも、授業が済んでから「おや」と思うことも、後日訂正することもあります。私が理学部数学科に進んだのは2008年のことですが、今も日々そのように数学を学んでいます。

参考

改訂

  • 追記: 2024-10-15
    • 背景参考を追加。
    • タイトルを変更した(「分かりやすさの意味(技術書の後書きから)」から、内容を明らかにするため)。